23歳の時に単身渡米、アメリカの美大でCGを学ぶ
だが、いざ「CGをやりたい」と思っても、当時の日本には専門学校がなかった。「だったら海外で勉強するしかない」、そう考えて自分なりに海外のCG学校に目を向けて調べてみると、そういう美大がアメリカにあることを知り、渡米を決意する。
「日本でいろいろとアメリカの学校を探しましたが、やがて『語学が万全ではないが、行ってしまおう』と(笑)。
『アメリカで英語の勉強をしつつ、CGの学校を探そう』そう決めて渡米しました」
アメリカに行くとなると、当然語学の心配がある。日本にいる間、PCショップで働きながら1年間英会話教室に通った。そのおかげで、聞く方は問題なかったという。だが「自分から話す」というのはなかなかできず、しばらくは苦労した。渡米後、最初は学生ビザ取得のために1年間マルチメディアの専門学校に通いつつ、語学学校で英語を猛勉強。そして念願の美大、Academy of Art Collegeに入学。
「専攻はコンピューターアニメーションでした。日本の大学を卒業して学士があったので、修士課程で入学しました。美大なので、コンピューターアニメーションだけでなく、一通り美術の基礎からやりましたよ。
デッサン、美学、70年代~80年代のポップカルチャー……。そして専門的なプログラムで映像作成を学びました。Academy of Art Collegeには2年半通い、卒業しました」
VFXに魅了された『マトリックス』との出会い
Academy of Art College を卒業してから程なくして、サンフランシスコのCG制作会社に入る。そこから『ミッション・インポッシブル2』に携わるなど、華々しい活動が始まる。
「最初に入った会社ではで3Dアーティスト、つまり1アーティストとして映像制作の作業に従事しました。最初に仕事をもらったのが『ミッション・インポッシブル2』です。もう、がむしゃらにやりましたね。そして、次に移った会社で『マトリックス』シリーズに携わることになります」
三橋氏が決定的な影響を受けたという『マトリックス』。そしてVFXの世界に圧倒され、魅了されていく。
「もう『マトリックス』じゃないですか。『マトリックス』が僕にもたらした影響が、僕をVFXに向かわせたんだと思います。
あのような映画は滅多に巡りあえるものではないですから。あの映画はストーリーを語るためにVFXがなくてはならない位置づけなんですね。
VFXが重要な位置を占める作品です。
『追求レベルが、これより高いものはない』、そう思いました。
自分のキャリアが早い段階で、そういう作品に出会えたのは非常に幸運だったと思います。まさか自分がそのシリーズに携われるなんて……夢のような気持ちでしたね」
アメリカン・ドリームを体現しているかのように、着実に異国の地・ハリウッドで実績を重ねている。その要因のようなものはあるのだろうか。
「やっぱり人との出会い、巡り合いだと思います。いろいろな人に出会い、チャンスをもらったチャンスを確実にしたのは事実です。
でも、チャンスをもらえること自体、それが目の前にくること自体、自分からコントロールできないですよね。
それはやっぱり、人との出会いからもたらされるものだと思います。若いみなさんにも、チャンスをもらうために自ら動いてほしいと思っているんです」
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